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大阪高等裁判所 平成9年(ネ)1033号 判決 1998年7月31日

控訴人(一審被告) 信用組合関西興銀

右代表者代表理事 A

右訴訟代理人弁護士 曽我乙彦

右同 中澤洋央兒

右同 安元義博

被控訴人(一審原告) 河内信用組合

右代表者代表理事 B

右訴訟代理人弁護士 大江洋一

主文

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、兵庫県津名郡<以下省略>雑種地一万三九六五平方メートルの土地(以下「本件土地」という。)につき、買戻特約付売買契約が締結されて買主に所有権移転登記がなされ、控訴人及び被控訴人が、順次、買主から根抵当権の設定を受けた後に売主から買い戻しの意思表示がなされ、その買戻代金について差押が競合し、控訴人が根抵当権に基づく物上代位により買戻代金について債権差押命令を得ていたことから、執行裁判所が控訴人には被控訴人に優先して弁済を受ける権利があるとしてその旨の配当表を作成したところ、被控訴人が、買戻権の行使により売買契約は遡及的に消滅し、これにより根抵当権も消滅し、優先権も失われたと主張して配当期日に異議を申立て、本訴を提起したところ、原審が右主張を容れて配当表の変更を命じたため、敗訴した控訴人が敗訴部分の取消しを求めて控訴に及んだ事案である。

二  前提事実(認定証拠は該当個所に掲記する。)

1  兵庫県津名郡東浦町(以下「東浦町」という。)は、その所有する本件土地に関し、議会の承認を得たうえ、昭和六二年六月二九日、ジェーアールホームズ株式会社(以下「親会社」という。)との間で、本件土地を代金六億三三六〇万円で売り渡す、右土地は引渡日から三年以内に新生活文化施設用地として供用することとし、引渡日から五年間引き続き指定用途に供用し、それ以外には供用しない、右合意内容を変更するには東浦町の書面による承諾を必要とし、右承認を得ないで合意内容に違反したときは東浦町において売買代金を返還して買い戻すことができる、買戻期間は五年とする旨の買戻特約付売買契約を締結したが、その際、東浦町及び親会社並びに株式会社ジェーアールホームズ近畿(以下「訴外会社」という。)の合意により、訴外会社が右買主の地位を承継し、右売買契約(以下、承継後の契約を「本件契約」という。)に基づき、同月三〇日付で訴外会社への所有権移転登記及び買戻特約登記が経由され、同月三〇日に訴外会社に対して本件土地が引き渡された<証拠省略>。

2  本件土地につき、控訴人が平成元年七月二〇日受付により極度額一八億円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の設定を受け、次いで、被控訴人が平成二年四月一一日受付により根抵当権の設定を受け、その旨の各根抵当権設定登記を経由していたところ、東浦町において、本件契約どおりの事業が実施されていないとして、平成四年三月二日に買戻権を行使する旨の意思表示をし、訴外会社及び控訴人並びに被控訴人の三名を相手方として、右買戻を理由として、訴外会社に対して所有権移転登記の抹消登記手続及び本件土地の明渡しを、控訴人及び被控訴人に対して右各根抵当権設定登記の抹消登記手続を求める訴訟(以下「別件訴訟」という。)を提起し(神戸地方裁判所洲本支部平成四年(ワ)第三九号)、平成六年一一月二九日に言い渡された右訴訟の一審判決は、訴外会社に対する請求については買戻代金六億三三六〇万円との引換給付の限度で請求を認容し、控訴人及び被控訴人に対する請求についてはこれを全部認容した。右判決については、控訴人のみがこれを不服として当裁判所に控訴した(平成六年(ネ)第三三六三号)が、平成八年二月二三日に言い渡された二審判決でも控訴人の控訴は理由がないものとして棄却され、右判決は確定した<証拠省略>。

3  被控訴人は、別件訴訟の一審判決言渡し後、大阪地方裁判所堺支部に前記買戻代金に対して仮差押命令を申し立て(同裁判所平成六年(ヨ)第二五八号、請求債権額は四億円)、その旨の仮差押命令を得、平成六年一二月一四日に右仮差押命令は第三債務者である東浦町に送達され、次いで、訴外会社に対する保証債務履行を求める本訴を提起し(大阪地方裁判所堺支部平成七年(ワ)第四〇号)、訴外会社の認諾を得て債務名義を取得し、また、訴外会社が東浦町に対する買戻代金支払請求債権を第三者に譲渡をしたことに対しては、取立禁止の仮処分をなした(神戸地方裁判所尼崎支部平成六年(ヨ)第二〇六号)うえ、詐害行為取消訴訟を提起して(神戸地方裁判所伊丹支部平成七年(ワ)第一八号)、認容判決を得たうえで、平成八年三月、神戸地方裁判所尼崎支部に債権差押命令を申立て(同裁判所平成八年(ル)第六七号、請求債権額は四億四〇八九万六〇一〇円)、その旨の債権差押命令を得、同月一二日、右債権差押命令は第三債務者である東浦町に送達された<証拠省略>。

4  控訴人は、平成七年二月一〇日、訴外会社等を相手方として貸金等請求訴訟を大阪地方裁判所に提起して(同裁判所平成七年(ワ)第一一三〇号)、認容判決を得(右判決は確定した。)、また、別件訴訟の二審判決言渡し後、本件根抵当権に基づく物上代位に基づき前記買戻代金支払請求債権の差押命令を神戸地方裁判所尼崎支部に申立て(同裁判所平成八年(ナ)第一〇九号、請求債権額は四億円)、平成八年四月二三日その旨の債権差押命令(以下「本件債権差押命令」という。)を得、同月二四日、右債権差押命令は第三債務者である東浦町に送達された<証拠省略>。

5  また、前記買戻代金支払請求債権については、平成八年一月ころ、C1ことC及び有限会社ショーダイ産業から神戸地方裁判所尼崎支部にそれぞれ債権差押及び転付命令の申立てがなされ、右各債権差押及び転付命令が発令されて第三債務者である東浦町に送達されたため、東浦町は、同年九月一八日、債権者が競合し、民事保全法五〇条五項、民事執行法一五六条二項による供託事由があるとして前記買戻代金を供託申藷し、同日これが受理された<証拠省略>。

6  ところで、執行裁判所である神戸地方裁判所尼崎支部は、同裁判所平成八年(リ)第二三二号事件につき、別紙<省略>の配当表(以下「本件配当表」という。)を作成したが、平成八年一一月二一日の配当期日において被控訴人及びC並びに有限会社ショーダイ産業の三名から控訴人に対する配当額について異議の申立てがなされ、被控訴人が、同月二八日、本件配当異議の訴えを提起するに至った<証拠省略>。

三  争点と争点に関する当事者の主張

控訴人の物上代位による本件債権差押命令の効力の有無

(控訴人)

抵当権にも対抗しうる登記された買戻特約に基づく買戻しがなされた場合には、買戻権者の権利の実現のために内容的に矛盾抵触する第三者の権利について、その矛盾抵触する範囲内でその権利性を否定して買戻権者に対象物件の所有権を回復させれば足り、それ以上に第三者間の権利関係にまで影響を及ぼす必要はなく、買戻権の行使により後順位担保権者の権利がすべて遡及的に消滅し、従前の優先順位関係も物上代位権もすべて消滅すると解するのは相当でなく、買戻権の行使に伴う権利関係の清算は、売買契約の存在を前提に築かれていた権利の優劣関係を基準に行うのが公平の見地からみても妥当である。仮に、物上代位を否定するとすれば、特に、抵当権者が売買代金を融資して抵当権を設定している場合に、買戻代金の形で返還される対象物件の経済価値の取得を債務不履行をした抵当権設定者兼債務者に許すこととなる一方、融資した抵当権者にその取得を認めないこととなり、その結果の不公平性は看過しえないものである。農地法五二条二項、土地収用法一〇四条、仮登記担保法四条一項等が、それぞれ買収代金、補償金、清算金についての物上代位を明記していることとの対比からしても、本件において物上代位が認められるべきは明らかである。

なお、控訴人が買戻代金について質権設定を受けられなかったのは、本件土地の売買契約は親会社との間で昭和六二年六月二九日に締結されたが、控訴人が融資したのは、その後の平成元年七月二〇日、その相手方は大井産業株式会社に対してであって、同社の支配を受けていた親会社との間で質権設定することに、東浦町が承諾しなかったことによるものである。

(被控訴人)

控訴人の物上代位による本件債権差押命令の基になる本件根抵当権は、別件訴訟における東浦町の買戻の意思表示により平成四年三月二日に消滅したことが確定しており、右消滅後に物上代位はなしえないというべきであるから、控訴人の申立てによりなされた本件債権差押命令は無効であり、被控訴人らの異議に従って、原判決のように各債権者に配当すべきである。特に、控訴人は買戻代金に質権を設定することも容易であったのに、それも怠ったものであるから、落ち度のある根抵当権者による買戻代金に対する物上代位を否定しても控訴人に格段の不利益があるということはできない。

これらの買戻代金に対する物上代位が認められないことは、従前の判例(東京高決昭和五一年九月二〇日、東京高判昭和五四年八月八日判時九四三号六一頁参照)の趣旨に照らしても明らかである。

第三当裁判所の判断

当裁判所は、被控訴人の請求は理由がないと判断するが、その理由は以下のとおりである。

ところで、不動産の買戻しは、売買契約締結と同時に支払代金と契約費用の合計額の範囲内での買戻代金、期間等の公示を条件に売主に右契約の解除権の留保を認める制度であるところ、近時は、土地の売買において、土地の利用に関する契約条項の履行を確保するためにも利用されるようにもなっているが、沿革的には、権利の移転による担保供与の一種であって、売主が代金相当額の金員の融資を受けるという担保的機能を営むものとして利用されていたものである。

そして、買戻権者である売主の買戻の意思表示により目的不動産の所有権は買主から買戻権者に当然復帰し、売買契約と同時に買戻しの特約が登記されている場合は、右所有権の復帰は第三者に対抗することができるものとされているから、買戻権の行使により買戻しの登記に遅れる第三者の権利は覆滅されるものと解すべきもののようであるが、買戻権行使の効果により、本件根抵当権のような買戻しの登記に遅れる担保権者等の権利が買戻権者に対抗できず、その結果として、その担保権の目的不動産に対する物権的な担保価値把握の効力は失われるとしても、そのことから直ちに、右範囲を超えて、買戻権者以外の利害関係人に対する関係においても買戻しの登記に遅れる抵当権等の権利がすべて失効するとまで解さなければならないものではない。かえって、そのように買戻しに絶対的な効力を認めることは、買戻しの登記後の物件の担保的機能を必要以上に阻害するのみならず、担保権設定者に意図的に買戻しの実現を企図させ、担保権設定者の恣意によって担保権を失効せしめるという弊害すら考えられ、他方、本件におけるように買戻しの登記には遅れるものの、先順位の担保権等のあることを承知したうえで、右権利の存在を甘受して新たに法律関係を形成した後順位担保権者や一般債権者等の利害関係人に、たまたま買戻権者が買戻権を行使したことにより思わぬ利益を受けさせることにもなり、信義則に従った権利行使が要請され、解除権の行使についても当事者以外の第三者への法律関係への変動を与えないように配慮する民法の立場(民法一条二項、五四五条三項参照)とも矛盾しかねないことなどからすれば、買戻しによる目的不動産の担保物権の消滅は買戻権者との関係において相対的に生じると解するのが相当である。

また、不動産の買戻しによる買戻代金支払請求権は、不当利得返還請求権であって、目的不動産の交換価値の代位物そのものとはいえないとしても、担保物である目的不動産と対価的に交換されることが法律上予定されたものであって、経済的には代位物と同視しうるものであるから、その特定性が維持される限り、右買戻代金に対する物上代位権の行使を認めるのが、立法者の意思に副い、かつ、当事者間の公平にも合致するというべきところ、控訴人は、本件債権差押命令を得て、物上代位に及んでおり、右要件を充たすものといいうる。

また、控訴人は、本件土地の買戻代金につき、質権の設定を受けていないが、質権の設定は買戻代金の特定性が失われることにより物上代位権が行使できなくなることを防止するものであって、そのことが右解釈を左右するものとまではいえない。

したがって、控訴人の本件根抵当権に本件土地についての買戻権の行使後の買戻代金につき優先権があるとして作成された本件配当表は相当であり、被控訴人の請求は棄却すべきである。

第四結論

よって、これと結論を一部異にする原判決は不当であるから、控訴人の敗訴部分を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笠井昇 裁判官 横田勝年 岡原剛)

<以下省略>

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